Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    「ちょっと、そこのボク〜vv」
 



 いかにも晩秋だと思わせる、乾いた風が吹き抜けてった昼下がり。軽快な駆け足がアスファルトの舗道に撥ねて弾んで。小さな背中に躍るは、リコーダーの入ったキルティングの袋が縦に突っ込まれたランドセル。そういえば、ドラマで主婦が買い物ってシチュエーションだと、必ず長ネギがトートバッグやポリの手提げ袋からはみ出してる。あれってどういう定義なんだろか。
“いきなり、何をボケたこと言い出してるかな。”
 すいませんね、ボケボケなおばさんで。筆者の感慨はともかくも、そろそろ半ズボンだと行き来はキツいお日和になって来た今日この頃…とお母様がたが心配するのをよそに、小汗をかきかき、スニーカーの底をアスファルトでぱたんぱたんと鳴らして叩いて。わあわあ駆けてった一群からやや遅れて。どちらかというとスタイリッシュな、若しくは一丁前にもマイ・ブランドでさりげなくまとめたカッコの多い、お洒落さんな小学生が悠然と歩いてゆくのが、下校パトロールで表へと出ていたお母様たちの眸に留まる。蛭魔さんチの妖一坊や。今日は一人で下校なご様子。いつも一緒のちび瀬那くんは、知り合いの高校生のお兄さんのお家へ今日の放課後からお呼ばれするとかで、さっきお迎えの桜庭さんが、事務所の車でお迎えに来てくれてた。
“ややこしい公私混同があったもんだぜ。”
 ホンマにな。
(笑) ちなみに今日のヨウイチくんは、オイルコーティングされた様々な渋系の生地をわざとに継ぎ接いだ、スカジャン風のブルゾンに、生成りのトレーナーと…何故だかインナーは、縁をボタンホールステッチで綴った丸襟が可愛らしい木綿のブラウス。ボトムに黒地のペンシルストライプの木綿のパンツを合わせた、襟元だけ“可愛い系”のいでたちでまとめており、どこのファッションモデルですかと見紛うくらい、そりゃあ颯爽と歩いてる。それもまた“可愛い系”の延長か、体のラインは極力隠れている、ちょいとぶかぶかめの上着やボトムだってのに、革底の靴ならば“こつこつ”という堅い音が響いて来そうなくらい。背条を伸ばして前を見据え、しゅっとした脚が高いめの腰をきっちりと支えてリズミカルに歩いてく様が、
「…いやぁ、いつもながら凄い子だよねぇ。」
「あんなカッコをあの年で着こなせるなんてねぇvv
「外人さんだからじゃないの? 頭身が只者じゃないしねぇ♪」
 こんな言い方は失敬かもしれないが、人の髪とは思えないほどになめらかな、光を溶かしたはちみつを染み込ませたみたいな金色の髪が、こちらも歩くリズムに合わせてふわりゆさりと撥ねて躍り。ズボンがぶかぶかになったことから、膝の関節が曖昧なのが妙に可憐で愛らしい。だってのに、かつかつサクサク、そりゃあ軽快に、どんどんズンズン歩いてく態度の方は、玻璃玉みたいな金茶の眸の据わりようも真っ直ぐで、至って自信満々であることを感じさせ。
「ランドセルがカルバン○ラインのショルダーバッグに差し替わったら、丸の内かどっかのOLさんで通るよねぇ。」
 男の子だと判っていても、まだまだ線が細いので。ジャパニーズ・ビジネスマンというよりも、大和なでしこ・オフィスギャルズというイメージがせいぜいかと。
(笑) そんな評など露知らず、胸を張っての闊歩を続ける坊やへと、

  「ちょっと、そこのボク〜vv

 そんなお声が伸び伸びと掛かる。素直に足を留めたのは、
「あ、阿含だ。」
 相手がよく知る知己であったから。お顔を向けた先、幹線道路へ続く辻の手前に、停車中の車に凭れて立ってた誰かさんは。こちらさんも…本日は似非軍服仕様の詰襟ジャケットにパルキーセーター、よく見ると深色の迷彩柄のミリタリパンツという、ちょいと小じゃれたいでたちの、ドレッドヘアーの歯医者さんこと、金剛阿含というお兄さん。仰々しいお名前なのは、ご実家が名のある宗教系本山の縁者だからだそうだけど。
「今、帰り?」
「おう。」
 坊やへと向けられたお顔はなかなか気さくなそれであり、たかたか小走りに駆けて来た小さな皇子を、きちんと身を起こしてのお出迎え。至近で向かい合うと、頭3つ分以上は背丈が違う二人だが、
「新しい車か?」
「ん、つか“セカンドカー”だよん。」
 口利きはほぼ対等で、どうかすると坊やの方が偉そうかも。そんな彼らのやり取りに、あれれぇと不審そうな視線を向けていたお母様がたも、ああ知り合いなんだと胸を撫で下ろして視線を外す。実を言えばまだまだ見ててもいいかなと思うほど、いづれも見ごたえのある“眼福もの”の男の子たちだったが。坊やへこそ柔らかな表情を保っているそのカレ氏、ふっとお顔を上げると、隙のない鋭い眸をしているのが判る人にはよく判る。見てんじゃねぇよと、鋭く尖った気配を放ってもいるようなので、そそくさお家へ引っ込むお母様がたであり、
「前のボックスにも乗ってんの?」
「そ。見る?」
「ん。」
 ころりと態度を戻して、それから。運転席に乗りたそうだったのでと、そっちのドアの取っ手に触れる、いかにも機能的に動いて切れのいな器用そうな手には、鈍く燻された銀のリング。せっかくの洒落ものな装いも、そういうのには関心が薄い坊やにはあんまりアピールしてないようで。
「…あ、インテリジェント・キーだ。」
「まあ、今時だからね。」
「こういうの嫌いだったじゃんか。」
「そだっけ?」
 あれれぇと、通った鼻条の上、少しズラしていたサングラスの向こうで、意外な言われようだと瞠目すれば、
「何か信用置けなくってって。ギアから全部、いちいちがちゃがちゃ操作してくって手順踏んでないのって、様子がおかしくなっても気がつかなかったりしかねねぇしって言ってたくせによ。」
 双眸を細め、口許をほころばせ。ちゃんと覚えてたよって、愛らしいお顔が自慢げに笑う。彼にして見りゃ、言質を取ってたという、言わば揚げ足取りの延長、卒がないことを誇示しただけなのだろうが。
“あららぁ…vv
 天使みたいに飛びっきりに綺麗になった風貌とは裏腹、中身がしっかり“小悪魔”仕様というところまで、至れり尽くせりで好みど真ん中へと育ってくれた坊やなのに。もっとずっと小さかった頃に、大人げなくもからかい倒したその報いか反動か。この頃では憎まれ口ばっかり利かれることの多かりし、イケメン歯医者さんにしてみれば。突っ慳貪な応対の陰で、でもちゃんと見てるんだからって把握されていたのが…何となく嬉しくなっていたりして。この人もまた、根は可愛いのかも知れません。
(う〜ん、う〜ん)
「阿含?」
「あ? あ・ああ、まあね。そういう手ごたえってのも大事なんだって。」
 お膝からシートに乗り上がった坊やのお背
せなで、ランドセルの高さがグローブボックスやハンドルなどなど、あちこちへつっかえそうになってるの。手のひらを差し入れてフォローをしてやれば、
「そういうの、モトキチって言うんだってな。」
 にんまり笑って坊やが突っ込む。今時はそんな言いようする人も減ったんですがと言い返しかけた機先を制して、
「ルイのバイク馬鹿なトコと一緒じゃん。」
「うわぁ、一緒にされちゃったよ。」
「変な顔すんな〜。」
 正確には“嫌そうな顔”で。そりゃあ…まあねぇ。選りにも選って、その存在まるごと全否定したくてしようがない“恋敵”さんと一緒だなんて言われては。喜べますかいというリアクションを取るのも当たり前。それで睨まれたのもまた、本気で機嫌を損ねたというのではなく、何だか掛け合い漫才みたいなノリだったので。一番やあらかいとこ、突々いたお詫び、
「ま、休みの日にドライブするのとかには、そういう車の方がいまだに好きだけど。」
 正直なところをちょっぴり吐露し。それから、あのね?
「足代わり靴代わりってのには、これで十分だ。便利だし。」
「やっと気づいたか。」
「はいはい、やっとです。」
 花を持たせてあげなきゃあねと、いつもの道化ぶりをもお見せする。何たって、こやって甘やかすことで、自信満々な超絶美形小悪魔坊やへと育ってくれた訳なのだしと、内心で苦笑するお兄さんだったりしたのだけれど。………それを聞いたら、どっかの総長さんが絶対怒り狂うぞ。
“なんの。感謝してほしいくらいだよんvv
 こ〜んなにも、手ごたえも歯ごたえも半端じゃあない、中身の飛びっきり充実した子になったのへ、あいつは全然貢献してないんだからねと。坊や以外へはやっぱり居丈高です、お兄様。
(苦笑) そんな心情描写なんて、欠片ほどにも全く届いていない、坊やご本人の側はといえば、
「いいなぁ。車かぁ。」
 お父さんのお車、いたずら半分に前のシートへ座ってる子供という体で、運転席の背もたれへ、細っこい腕を引っかけて抱きかかえるようにし。そんな呟きを溜息とともにぽつりと零した。
「母ちゃんがさ、時々“免許取ろっかと思って”なんて言うんだけどもな。」
 危ないから止せって言ってる手前、あんまり車の話題出せなくてな。年頃のお嬢さんを持った父親のようなことを言い出したので、ついつい吹き出したくなったのを誤魔化す代わり、
「ヨウちゃんはバイクのほうが好きなんじゃないの?」
 そっちへと水を向ければ、
「まあな。けどさ、何か…サ。」
 おやや? またぞろ言葉を濁す。
「前後ろはつまんない? 顔見えないし、お喋りも出来ないもんね。」
「お喋りは出来るぞ? けど、スピード出すと無理、かな。」
 特別なインカムがあるけれど、でもね、運転へ集中させたいから余り話しかけられないのは事実。
“くっついてる背中と胸元とで、通じ合うものもあるからいいけど…。///////
 このまま一つになれたらいいねと、しがみつく腕へ力を込めれば、あのね? ルイの大きな手が、次の交差点とかでこっちの手を撫でてくれたりする。物凄く間が空いてるのに、ちゃんとさっきのとつながってる“会話”だって判る自分が可愛いかも…vvと。ちょいと大人なご意見を咬みしめたその余波で、
「…ヨウちゃん?」
 木枯らしにも負けてはなかった白い頬が、うっすら朱を差し、赤らんで緩んだものの。それを伝える即妙な言い回しが判らなくって。
「でも、ぎゅうってしがみつけるのは好きだなvv
「ヨウちゃんって案外スケベだね。」
「そんなじゃねぇよっ。」
 ちゃっかりしていて要領もよくて。まさに今時の子らしい、ぱりっぱりの合理主義者なくせに。繊細微妙な何かしら、残念ながらその手が届いてないところも、さすがに有りはするのがまた、この子だからこそ いや可愛いなと“くすすvv”と笑った阿含さん。
「あ、送ってこか。賊学行くの?」
 つか、今日はあのバイクの兄ちゃん呼んでねぇんだな…なんて。気になってたくせして、今頃気がつきましたって訊き方するのへ、今度は坊やが にっかり笑い、
「ルイは今日は賊大に行ってんだ。」
「賊大?」
 おう、フリル・リザードの練習に混ざりにな。今、大学アメフトは秋のリーグ戦の真っ最中だから。
「ルイも賊大に上がってアメフト続けるからには、大学のアメフトに要るスタミナとか、早いめに身につけといた方がいいだろってんで。」
 明日の試合への調整を手伝いがてら、シフト練習の当たり相手とかにって駆り出されたんだって。これが他の御用であったなら、二の次にされたこと、もちょっと怒ってもいよう坊やだろうに。アメフトが相手じゃあなと、大人みたいな苦笑をして見せ、

  「知らない人の車に乗っちゃいけないし♪」
  「誰が“知らない人”ですかい。」
  「(あははははvv)じゃあ、家まで送ってってよ。」
  「らじゃ。」

 今日は母ちゃんがさ、早めに帰って来るんだ。だから、ご飯仕掛けといて、お風呂にお湯張ってっての、先に済ましとかねぇとな…なんて。ランドセルを降ろして差し上げてるお兄さんへと、今日のご予定、語ってくれて。
「のんびりすりゃあいいのによ。時間が空くとす〜ぐ何かしら働こうとすんだもんな。」
 助手席に落ち着いたところへシートベルトを装着してやりながら、あははと調子を合わせて笑った阿含だったものの、
「あれってのはあれだ。父ちゃんがずぼらで、家じゃあ何にもしなかった反動だろな。」
「おや、そうなの?」
「ああ。ああいう男が日本をダメにして来たんだし、定年になったら“じゅくねん離婚”とかいうの決められんだぜ?」
 まあウチの父ちゃんには定年はねぇけどよ、と。笑ってもいいのかなと言う言い回しを付け足して。おいおいって苦笑をしたら、向こうからもにっかり笑って、
「そうそう。この冬もまた、スキーとかに行くのか? 阿含。」
 気を利かせてだろう、自分から話題を変えてくれたおませさん。

  “桜庭に、また叱られちまうかもだな。”

 大人扱いしてこそ自尊心が擽られて喜ぶ彼なんだからと、いつもこういう構い方をしているのへと。されど…それこそが無理な背伸びを助長しておるのだと、さすがに見かねてのことだろう。あの気立ての優しいアイドルさんから、若輩者が過分なことをとは重々判っておりますが…との前置きとともに、時々小言を言われてもいた。
「阿含?」
「あ、いや。出すぞ?」
「うん♪」
 イグニッションキーをひねれば、わ〜いとなかなかに素直な笑顔になった。そんな坊やの横顔を、サイドミラーを確かめる視野の端で眺めやりつつ、やっぱりちょいと複雑な想い、咬みしめてしまった阿含さんだったりしたそうな。






 無事にお家までを送って差し上げ、アルミの門扉を開いてポーチまでの短い段差を幾つか、とんとんと軽快に登ってく小さな背中を見ていたら、
『良かったら明日の試合、一緒に観に行こうか?』
 そんなお誘いまで受けてしまった果報者。昼からので川崎まで。車っていう“アシ”が目当てかとも思ったもんの、だったらあの兄さんをそれこそ迎えに来させる彼だろに。
『ヤだったらいいけどよ。』
『あ、いやいや。ちゃんとお迎えに来ますよん♪』
 途端にふわんと微笑ったお顔は、やはり。実に素直な九歳児のそれであり。大人顔負けの“超”小学生。そんな坊やが時々隠し損ねる素顔や本音にだって、こちとら、ちゃんと気づいてる。あの頼もしい背中にぎゅううって思い切りしがみついていいから…遠慮なく甘えられるから。それでバイクの方が好きだってことも。
“そんな理屈くらい分かるっての。”
 物知りなところをさりげなく示したり、小生意気な策謀を周到に巡らせたり。普通一般の大人くらいなら、やすやす手玉に取れるほど、背伸びじゃ何じゃをして見せても。どこかでやっぱり可愛いところがあるから、ついつい構いたくなる坊やであり、

 “どっぷりとことん、甘えて甘えて。
  親からのそんな“無条件保護”っていう甘やかしの殻から、
  それを勿体なくも鬱陶しいと感じて蹴り出てこそ、
  ホントに芯の頑丈な“怖いものなし”になれるってもんなのにな。”

 なのに現状は。母親を寂しがらせまいと、空元気をフル稼働していた余波から、あんなとんでもない坊やになってしまった妖一くんだと知っている。それが…あまりに無防備だと惨
むごくも傷ついたろう柔らかいところを守るのに、どうしても必要な鎧だったのだと肯定するか。それとも、子供らしくはない歪み以外の何物でもないと、後で後悔させるかもと否定するか。
“それもまた、周囲が勝手に計っていいこっちゃなかろうにな。”
 これまた大人の身勝手な言い分かもなと苦笑をし、それから。
「………。」
 自分の素顔を隠すのも、本心を巧妙にはぐらかすのも、何につけても大人以上に周到な小悪魔坊や。だってのに、本音が覗く隙や綻びがこのところは顕著でもあり。肩を張らずにいていいぞって、居場所をくれた人へと凭れているゆとりが、そんな可愛げ、本当のお顔を、彼の裡
うちからはみ出させてのこと。大人たちが与えてやれなかった、その前に彼を頑なな“抗戦的”少年へと導いてしまったのと裏腹。あの不器用そうな青年は、特に何てこと、してやってもいなかろに。差し出した手だけで、その暖かさだけで、坊やの片意地を緩めてしまった。心の奥底からにじみ出して来たような、温みのある笑い方、思い出させてやってくれたから。

  “…まったく。”

 ホントだったなら、他所の高校生に負けたなんてな、そんな不甲斐なさへと肩を落とすのは、自分の役どころじゃあなかったはずで。
“一体 何処で何してやがるのか。”
 自分の覚え知る風貌があの坊やにそっくりなままな旧友を思い出し、黄昏の始まりそうな空を見上げて、柄にもなく溜息をついた、お兄さんだったりしたそうです。







  〜Fine〜  06.11.12.


  *最近“恋するヲトメ度”が
(やめれ)急激に上昇中の坊やですが、
   傍から見てる人にはどう映っているのかなと思いまして。
   それと…坊やのお父さんのことも、あまりに放っぽり出し過ぎですんで、
   そろそろ少しくらいは触れてもいいんじゃなかろうかと。
   まだまだ謎の人ではありますけれどもね。
(苦笑)

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